1. ニュースの概要
2026年9月24日、半導体製造装置の世界最大手であるオランダのASMLは、衝撃的な事実を明らかにしました。同社の経営幹部であるフランク・ヘームスケルク(Frank Heemskerk)氏がパネルディスカッションで語ったところによると、2026年上半期において、ASMLは地元である欧州市場で露光装置を「全く販売できなかった(absolutely nothing)」というのです。
ASMLは、最先端半導体の製造に不可欠な極端端紫外線(EUV)露光装置を世界で唯一供給できる、文字通り「半導体業界の王」です。その本拠地である欧州での売上シェアは、2022年の2%、2024年の5%、2025年の1%と低迷を続けていましたが、2026年に入りついに「0%」という極端な数字を叩き出しました。
この背景には、世界的なAIブームに伴う最先端半導体への投資が、米国とアジア(台湾、韓国、中国)に極端に偏っている現状があります。ASMLのクリストフ・フーケ(Christophe Fouquet)CEOは、以前から「欧州はAI競争において著しく後れを取っている」と警告を発してきましたが、今回のデータはその危機がもはや「予測」ではなく「現実」になったことを示しています。欧州連合(EU)が掲げる「欧州半導体法(EU Chips Act)」による自給自足の試みは、最先端領域においては事実上機能していないという厳しい現実が突きつけられています。
2. 技術的な詳細:なぜ「0%」がそれほどまでに深刻なのか
ASMLが販売する露光装置、特にEUV(Extreme Ultraviolet)および次世代の「High-NA EUV」は、回路線幅が2nmや1.4nmといった極微細なプロセスノードを実現するための唯一の手段です。現在の生成AIブームを支えるNVIDIAのGPUや、Appleの最新プロセッサなどは、すべてこの装置を用いて製造されています。
最先端プロセスの不在
欧州にはインフィニオン(Infineon)、NXP、STマイクロエレクトロニクスといった有力な半導体メーカーが存在しますが、彼らの主力は自動車用や産業用のパワー半導体、アナログ半導体です。これらは「成熟ノード(Mature Nodes)」と呼ばれる、10数ナノメートル以上の比較的古い世代の技術で製造されており、ASMLが誇る数億ドルクラスの最新EUV装置を必要としません。
投資の地理的偏り
2026年のASMLの売上内訳を見ると、その偏りは顕著です。第2四半期のデータでは、韓国が43%、台湾が30%、中国が14%、米国が9%を占めています。これらはすべて、TSMC、Samsung、Intel、SK Hynixといった「最先端ロジック・メモリ」の巨人が巨額投資を続けている地域です。対照的に、欧州では最先端ファブ(工場)の建設が遅々として進んでおらず、ASMLの最新鋭機を受け入れる「器」そのものが存在しない状態に陥っています。
AIインフラの構築には莫大な計算コストがかかります。例えば、「AI動画」の採算性に限界を感じたSnapが専門チームを新会社『Dotmo』として分離した事例に見られるように、ソフトウェア側のコスト負担はハードウェアの効率化をより切実なものにしています。より低消費電力で高性能なチップを製造するためには最先端の露光装置が不可欠ですが、その恩恵を享受するための製造拠点が欧州にはないのです。
3. 考察:ポジティブ vs 懸念点
このニュースを深く掘り下げると、世界経済と技術覇権の極端な二極化が見えてきます。
ポジティブな側面:AI需要の「底なし」の強さ
欧州での販売がゼロであるにもかかわらず、ASML全体の業績は極めて好調です。2026年7月15日に発表された修正ガイダンスでは、通期売上高が当初予想を大きく上回る430億〜450億ユーロ(約7兆円前後)に達する見通しです。これは、米国やアジアでのAI投資がいかに凄まじいかを表しています。ASMLにとっては、顧客がどこにいようと「自社の装置がなければ世界が止まる」という独占的地位は揺らいでいません。技術革新のスピードは加速しており、High-NA EUVの導入によってさらなる微細化が進むことは、AIの進化をさらに一段階引き上げるでしょう。
深刻な懸念点:欧州の「技術的植民地化」
一方で、欧州市場の現状は絶望的です。以下の3点が大きな懸念として挙げられます。